2025年11月28日金曜日

「全戸共通マスターキー」作成の提案にどう対応すべき?

 はじめに

マンションの居住者から、「高齢者の孤独死や火災やガス漏れなどの非常時に備えて、管理組合で全戸共通のマスターキー(合鍵)を作成・管理すべきではないか」という提案が出されることがあります。

一見、安心のための良いアイデアに思えますが、実はこの提案には、区分所有法に基づく法的解釈と、管理組合が負うことになる重大なリスクが潜んでいます。

では、管理組合としてどのように対応すべきかを見ていきましょう。

1. 玄関の「鍵」は個人の財産(専有部分)である

マンションの玄関扉自体は共用部分とされることが多いですが、錠(鍵穴)および鍵は、個人の財産と安全を守るために必要な設備であり、通常は専有部分(個人の所有物)と考えられます。

専有部分への立ち入りは、個人の同意なしには原則として許されません。刑法住居侵入罪(または建造物侵入罪)に抵触する可能性があります。

「錠は個人の財産を守るために必要な設備ですから当然に専有部分であると考えるべき」であり、本人の同意なく、いまだ生起していない非常時に備えて、マスターキーを預かる権限は誰にもありません

2. 総会の多数決で決められない理由

「非常時対応なのだから、総会で多数決を取れば良いのでは?」と考えがちですが、これも困難です。

  • 個人の権利の承認: 専有部分に他人(管理組合員や管理者)が出入りすることを承認するか否かは、個人個人の問題であり、総会の多数決で強制することは無理があります。

  • 転売時の継続的な同意: たとえ全居住者が一旦同意したとしても、その後に住戸が転売され、新しい区分所有者が入居するたびに、その都度同意を得る必要が生じます。

  • 権限の逸脱: 鍵は居住者(オーナーだけでなく賃借人も含む)の問題ですが、管理組合は「オーナーの団体」であるため、居住者全員の合意を必要とする事項を総会で決定すること自体が疑問視されます。

3. 管理組合が負うことになる重大な責任リスク

仮にマスターキーを作成・管理した場合、最も深刻な問題となるのが「万一事故が起こった場合の責任」です。

問題の責任は、すべて管理組合が負うことになります。

もしマスターキーが紛失したり、部外者に悪用されたり、または緊急時以外の不適切な使用によって何らかの損害が発生した場合、その責任は管理組合(すなわち全組合員)に帰属します。このリスクは、非常に重く、管理組合の運営を揺るがしかねません。

4. よくある懸念:「一人暮らしの高齢者」の対応は?

マスターキー導入を主張される背景には、「一人暮らしの高齢者の孤独死や急病時の対応」への切実な不安があることが少なくありません。 しかし、これらに対する解決策は「管理組合が鍵を持つこと」だけではありません。リスクを回避しつつ安心を高めるための具体的な代替案を提示しましょう。

【代替案1】ホームセキュリティ(警備会社)の活用

最も確実でリスクが低い方法は、個別に警備会社(セコムやALSOKなど)と契約し、プロの警備員に鍵を預けることです。 管理組合としては、特定の警備会社と提携して割引制度を導入するなど、居住者が契約しやすい環境を整える支援が可能です。

【代替案2】「緊急連絡先名簿」の整備と活用

鍵そのものを預かるのではなく、「有事の際に鍵を持って駆けつけられる親族」の連絡先を管理組合(または管理会社)に届け出てもらう制度を強化します。

  • 居住者カードの更新を定期的に呼びかける。

  • 「キーパーソン(合鍵を持つ親族等)」の情報を明確にする。

【代替案3】自治体・行政サービスの活用

多くの自治体では、高齢者世帯向けに以下のようなサービスを提供しています。管理組合として情報を収集し、掲示板や広報誌で周知しましょう。

  • 救急医療情報キット: かかりつけ医や持病、緊急連絡先を書いた紙を専用容器に入れ、冷蔵庫に保管する仕組み。救急隊員が迅速に対応できます。

  • 見守りセンサー・通報システム: 電気や水道の使用状況、または室内の動きを感知して、異常があれば親族や警備会社に通報するサービス。

【代替案4】あいさつ運動とコミュニティ形成(ソフト面の対策)

「鍵を開ける」以前に、「異変に早く気づく」ことが重要です。

  • 郵便受けが溢れていないか、新聞が溜まっていないかを管理員や清掃員がチェックする体制を作る。

  • 隣近所の声掛けやあいさつを推奨し、日常的な見守りの土壌を作る。

5. 管理組合の推奨対応(まとめ)

マスターキーの作成提案が出た場合、管理組合として推奨される対応は以下の通りです。

  1. 非常時の対応周知徹底:

    • マスターキーがない場合の緊急対応(例:人命に関わる緊急時は、消防や警察の立ち会いのもと窓ガラスを割って入室するなど)が法的に認められていることを周知します。

  2. 提案を強く推奨しない:

    • 最近分譲されているマンションではマスターキーは作成されていません。法的・責任的リスクを理由に、原則として提案は強く推奨しないという姿勢で臨むべきです。

  3. 代替案の提示:

    • 上記の通り、ホームセキュリティの活用や緊急連絡先の整備など、「鍵を預からずに安心を作る方法」を具体的に提案し、建設的な議論へと誘導します。

マスターキーの管理は、住民のプライバシーと財産権に深く関わる問題です。安易な多数決で決定せず、リスクを正しく理解した上で、より安全で現実的な選択肢を選ぶことが重要です。

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